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2005年09月30日

1日36時間?

1日が長い、24時間以上起きている。一日のサイクルが36時間くらいになっていて、僕の中では日付が2日しか経っていないのに、世間では3日が過ぎている。すごい損した気分だ。ここまでくると、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、睡眠したりする時間が面倒になってくるから怖い。1日がいつもより長いくせに、2食しか食べなかったりするのだ。20代じゃなきゃできない気がする、っていうよりか、こんな生活はもう2度としたくない!

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2005年09月28日

知的肉体労働

実験科学の基本は常に身体を動かして実験する肉体労働だけれども、論文を書くことも肉体労働とさほど変わらない。英語で突然論文を書けと言われたって、英語表現のストックが頭の中に無いから、ありとあらゆる原著論文を引用して文章の真似をし続ける。オリジナルで出てくる自分の言葉は、周りの言葉と同化しなくて、違和感が溢れている。その不自然さを消すために、全てを自分の言葉に書き直す時間も能力も無いから、ただただバッチワークのようにつなぎ目が顕になっていくのであって、読むに耐えない。まさに、何度も工事を繰り返している道路の様な「でこぼこ道」である。僕はそこで働いている土木作業員に他ならない、そういう感覚。

僕の研究室がある建物の13階にイタリア料理店ができた。夜10時までやっているようだ。理学部1号館にはドトールが今日開店したりして、民間店舗の学内進出が進んでいる。はっきり、自分の感情を表に出してしまうと、「そんなものを作る金があるなら、もっと地方にその金を廻してあげろよ。」この学校の産学連携ってこういうことなのか?真の価値とお金の価値は全く比例関係にないご時世、政治と経済の間には正の相関が見てとれる。

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2005年09月26日

天王山

研究室内での研究発表を終えました。その後、教授と話し合って、急ピッチで結果をまとめることを要求されました。いよいよ、天王山です。学位論文の書類審査〆切は10月13日、最後の追い込みに血を吐きながら邁進しようと思います。日記の書き込み量も減ってくるかもしれませんが、生きている程度に更新します。みなさん、力を下さい…。

今日も徹夜明けで気持ちが悪い…。

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2005年09月22日

めでたい

友達が博士号の学位を取得、大学の同級生が有楽町に集まって、彼のお祝いをした。やはり大学時代の友達と飲み会を開くと、テンションが上がってくる。当時のような盛り上がりが沸々と湧き出してくるものだ。いっぱい駄弁って、いっぱい飲んだ、この楽しみはいつになっても変わらないでほしいと願う。空間の中を流れる時間が逆行するように感じるのは、この時くらいかもしれない。なんて快感なんだろう。

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2005年09月21日

国連

これまで科学のことや教育のことを考えてきたけれども、それを両方とも扱える職業として国際機関職員というものがあることに気付いた。つまりそれは国連で働くことである。国連の中には、ご存知のように UNESCO (United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization) という機関があり、ここは教育を中心とした文化活動の普及に努めている。もちろん自然科学分野などを含んだサイエンスセクターもあるのだが、興味を引いたのは、人文・社会科学分野の国際生命倫理委員会である。ここで扱っているテーマを一言で表すと、「生物学や遺伝学の進歩とそれが社会に与える影響を倫理的側面から考察する」ということになる。僕は自然と文化の融合にとても興味あるから、このような学際領域にとても魅力を感じる。生命が築き上げる社会、生命が衝撃を受ける社会、そして、生命が革命を起こすことができる社会、そのようなことを扱える環境に身を投じたいのだ。僕は心から人間というものを多角的に考えたい奴なんだと思う。自然科学も社会科学も人文科学も人間の本質を知りたいと思うからこそ発達してきた部分が多大にある。少し欲張りなようだけれども、生命の創造性が関わる全ての活動に足を突っ込んでみたいくて仕方がない。生命の創り出すものには一体どのような共通項が見い出せるのだろうか。ヒントのかけらでもいいから、いつの日か手に入れてみたいものである。

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2005年09月20日

2度の電話

実家のおばあちゃんから電話があった。昨日の敬老の日にプリザーブドフラワーを贈ったので、もしかしたら、かかってくるかな~と思っていた矢先であった。薬局で初めてプリザーブドプラワーというものがあると知り、生花のような潤いを保ちながら、長持ちするという気品がおばあちゃんにピッタリだと思ったのだ。いつまでも枯れないという訳ではないが、いつまでも生き生きとしていて欲しい、そういった願いがあの花を創った人たちの中にはあるような気がする。おばあちゃんには、まだまだ元気でいて欲しいと思うのであった。昔から、おばあちゃん子なのです。ちなみに、今回購入した花はこれです。

そして、30分後くらいにまた電話が…。おばあちゃん、さっき電話したこと忘れちゃっているよ…。まっ、これもありですね。

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2005年09月18日

試験結果

この間受けた私立学校適性試験の結果が届いた。中身を見て驚愕、なんと教職教養より専門の化学の方が成績が悪いのだ。おかしい、化学の方が断然自信あったのに…、採点ミスじゃないか?と嘆いてもしょうがない、きっと真実だろう。成績の評価方法としては、絶対基準を加味した相対評価らしいから、皆の点数が平均的に高かったに違いない。ちょっとこれでは、高校に就職することは難しいかもしれん。僕の未来はまだまだ不確定要素満載です。それが不安であり、楽しみなのかもしれないが…。

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2005年09月17日

ポッドキャスト

昨日 ipod を選んだ理由を詳しく書かなかったが、それは何といっても ポッドキャスト (podcast) を利用して、ネットラジオを聴くことができるからである。

ポッドキャストとは、専用ソフト (iTunes) をインストールして好きなネットラジオ局を登録しておくと、放送が更新された時に自動的にパソコンへ音声ファイル (MP3など) をダウンロードしてくれ、MP3プレーヤー (iPod) につないでそれを聞くことができることである。アメリカのラジオ局ではこのポッドキャストがかなり普及していて、多くの局で番組(音源)を無料で提供している。

王道はやはりNPR(National Public Radio) だろうか、サイエンスを話題にした番組もあり、マテリアルに不足することはない。そして、飽きることも多分ない…(?)。

また、英語のオーディオブックも Music Store には豊富なので、それを購入して聞くのも手だ、原著があればなお良しというところか。再生速度も3段階に切り替えることができるので、最終手段としては、読み上げてくれる速さを少し落とし、じっくり意味を取りながら内容を把握することもできるだろう。

で、英語に辛くなってきたら音楽を聴けばいいのさ。

投稿者 はるお : 01:49 | コメント (209) | トラックバック

2005年09月16日

ネオアキバ

日本最大の電気街、「アキバ」こと秋葉原、いまやオタクの聖地として語られることが多いが、つくばエクスプレスの開通を機にこの街は変貌しつつある。いまや秋葉原駅周辺はオフィスビルの建築ラッシュ。多くの会社や大学が、つくば学園都市との連携を育もうと進出を企んでいる。ビジネスマンの往来が盛んになるに連れ、商業都市としての価値も次第に上がっていくだろう。ハイテク機器や医薬品に関しては、秋葉原が頭脳と流通の核となり、有形・無形問わず知的財産の一点集中化が起こるかもしれない。

秋葉原が産業界で最も大きなノード(拠点)として機能することを見込んで、今日、日本最大の売り場面積を持つヨドバシAkibaが駅前に開店した。早速の下見を敢行、メイド喫茶をよそに、多くの来店客が広大なフロアーを埋め尽くしている。開店日とあって、商品も限定破格をうたっている。携帯の機種変更でもしようと思ったが、やっぱり大学を卒業するまでは我慢、しばらくカメラなんぞいらん。

しかし、思わず買ってしまったものがある。それは… iPod nano …である。4GBは開店と同時に完売したらしいが、2GBの方はまだ在庫が残っている。この小ささは魅力だし、実は英語学習に活用するなら、iPodの方が優れているのだ(詳細省略)。一時期ウォークマンとどちらにするか迷ったが、ここでついにiPodに軍配が上がった。さて、音楽と英語音声ファイルをこのスリムなボディに転送しよう。今はこんなことが些細な楽しみ。

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2005年09月15日

木村カエラ

一年位前からちょこちょこっと気になっていたのが、木村カエラちゃん。一番初めに見つけたのは堂本兄弟という番組だったような気がするけど、基本的に何もしゃべらないというキャラクターだった。最近になって彼女が担当しているテレビ番組を発見。それはテレビ神奈川で放映されているサクサクという情報系エンターテイメント、ホームページを確認したら結構長いことやっている。僕が見たのは深夜12時台にやっている方、これは再放送らしいが、元の放送も結構朝早い時間帯である。驚いたことに、この番組は平日毎日やっている30分ものだ。見ているうちに、彼女の素顔が見えてくる。

これまでも特別なオーラを持った子だな~と思っていたが、番組では自分を包み隠さず自然な姿を表現していて、ますます気に入ってしまった。どうも僕は気取らない女性を好む傾向にあるらしい。番組への取り組み方も、なんか純粋に楽しんでいるというか、自分がメインMCであるにもかかわらず、流れを支配しないような感覚がいい。仕草なんかもテレビカメラの前なのにいろんなところをボリボリ掻いていたりして、「おまえ、ここは家じゃないんだぞ!」と突っ込みたくなる雰囲気、僕にはたまりません。番組自体にそれほど惹かれるわけではないんだけど、彼女見たさに毎日チェックしてしまうかもしれない。テレビ神奈川が視聴できる方、ぜひ見てみてはいかがでしょうか。

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2005年09月14日

再現性

科学論文捏造疑惑がまた話題になった。RNAi(RNA干渉)の実験をしたときに、彼が監修した書籍を参考にしたこともあるから、名前くらいは知っている。RNA研究では有名みたいだが、実際どのような形でRNAiの研究に携わっていたのかはよく分からなかった。

こういうニュースが流れれば、信頼性とか信憑性とかが問われるのは致し方ない。事実、現代の実験科学の中で最も重要視されるのは再現性といっても過言ではないからだ。論文に書いてあるとおりの実験手順を踏めば、誰でも同じ結果を提示することができるはず、普通はそういうことを期待している。だが、論文の審査員は論文に記載されているデータは正しいものと仮定して審査するわけであるから、論理に整合性があればデータがウソであろうと雑誌に掲載されてしまう。そうなれば、論文に記載されている現象が忠実に再現できるかなんて悪く言えばどうでもいいことになってしまう。再現性があることはそれだけ前提中の前提なのだ。

しかし、実際に手を動かしている立場から言えば、再現性が取れないことはよくあることだ。論文に書いてあるとおりに手を動かしても、試料や薬品も同じにしても、観測される傾向が異なることは日常茶飯事なのだ。では、これらは全て捏造された論文なのかといえば、答えはもちろんノーである。

もしかしたら、その論文が捏造されている可能性もあるにはあるが、その多くは論文に書き込まれていない実験条件が読者に伝わらないことが原因だ。これは著者の意思によってそのように操作されている場合もある。つまり、後続が追いついて来れないよう、わざと重要な実験条件を記さないことがあるということなのだ。科学も今や競争社会、そのような戦術を用いることは当たり前なのではないだろうか。純粋に科学を追い求める精神が競争によって捻じ曲げられる、でも、これは競争社会を生き抜いていく上での知恵なのである。

本当はそんなこと誰だってしたくないんだ(と思う)。でも、やはり人間はそんなに強くないから外部からの圧力に負けて、特に罪悪感も無くやってしまうのだろう。「善・悪」を判断基準とすることは人間にとって難しい課題だ。人間は根源的に物事を「快・不快」で判断する主観的な生命体なのだから…。科学をいかに科学的に遂行できるかは、人間の理性そのものを試す挑戦なのかもしれない。

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2005年09月13日

ブログの設定

ブログ (Movable Type) を本サイトに導入したとき、やけに警戒してブログの設定を厳しくした覚えがある。コメント一つするのにも、名前とメールアドレスを入力しないと送信できないようになっている。その甲斐あってか、実際に書き込みはほとんどないし、当然荒らされることもない。そんな設定のおかげで、コメントもトラックバックも期待しないで日記をつけていたわけだが、今更ながらに分かったことがある。

まず一つ目、以前(といってもかなり前の6月頃に)コメントが書き込まれたことがあったのだが、その貴重なコメントに全く気付かず、返信できなかったという事件があった。お世話になった方からのコメントだったから、甚だしく失礼極まりない行為をしてしまったと痛く反省している。そして、2つ目、なんとトラックバックはできないように設定してあったのだ。それもそのはず、トラックバックというのは、他人のブログに勝手に自分のサイトへのリンクを貼り付けるものだから、やたらめったら自分の日記へのアクセス率を高くしようと思わなかったのだ。

ということで、すみませんでした。竹内さんがトラックバックできないのは完全に僕のせいです。ブログの設定を変更したので、みなさん、気が向いたらトラバしてみてください。

投稿者 はるお : 03:07 | コメント (123) | トラックバック

2005年09月12日

新・薫日記

竹内さんのサイトがブログを導入した。「社名変更」に伴ってのことだそうだが、この意味は、彼が「会社を運営していた」ということだろうか。それとも、ただ「掲示板のレンタルサイトを変更した」という意味だったのだろうか。う~む、判らない。

僕は日記がブログになって、読みやすくなったように思う。これは本当に慣れの問題なのかもしれないが…。これからも多々お世話になります。トラックバックはしたことがなかったのだけれど、第一号は竹内さんのブログに送ってみようと思います。

投稿者 はるお : 01:46 | コメント (237) | トラックバック

2005年09月11日

自民党の圧勝

自民党は300議席にも迫る絶対安定多数で衆議院を運営することになる。単独で過半数を取ったことに若干ながら恐怖を覚える人も少なくないだろう。今のご時世、そのような時期は長くは続かない。自民党の50年体制を振り返れば、単独与党政権の結果生まれたのが古い自民党体質なわけだから…。自民党の圧勝は今回が最後のような気がする。1年後自民党の総裁が変われば、今回の総選挙の結果は奇跡のように感じるのではないだろうか。民主党はそれまでに力を蓄えておくべきである。今回の敗北で岡田さんは辞任してしまうが、民主党の団結力を維持したまま次に望むことができれば、政治的構図としてはバランスの取れた国会になるだろう。事実上の一党支配は一年あればいい、その間に小泉さんができることをやればいいのだ。

投稿者 はるお : 03:36 | コメント (226) | トラックバック

2005年09月10日

総理に謁見

生まれて初めて、日本の内閣総理大臣をこの目で見た。これは全くの偶然である、僕が首相の一日の予定を知る由もないし、そもそも演説予告など無いわけだ。今日の夕方、小泉総理が東京第2区(台東・ 文京・中央区)の応援演説を兼ねて、文京シビックセンターに突然やって来た。講演会場は立ち見が出るほどの満員、一国の総理が演説をするのだから当たり前なのかもしれないが、その話しっぷりは予想以上に人を引き寄せるものであった。

もちろん、話の内容は郵政民営化の話が中心、女性の政治進出に関する話題も少し挟まれたりしていたが、閑話休題、すぐに民営化の話に戻ってくる。ニュースなどでは演説の話を一部切り取って放送するため、その人の話術まで感じ取ることができない。その場にいた人だけが感じることができる文脈、それまでもが放送の編集によって、「カット」されてしまうからであろう。もうこれまで散々全国を遊説して話のツボは押さえきってあるのか、彼は演説の中で軽くユーモアを交えながら、聴衆を次々に魅了していく。講演内で拍手が一体何回沸きあがったことだろう。政治家の弁論能力の高さをこれでもかと見せ付けられているようだった。世の科学者は彼のようなプレゼン能力を少しでも身につけて社会にそのあり方を問うべきだと真に思った。終わり際の「エイエイオー」は新興宗教的で冷めた部分もあったが、人を崇拝させるにはやはりそういう部分がまた必要なんだろう。僕もスッと心が吸い取られそうな感じを覚えた。

カメラつき携帯を持っていないことを悔やんだ。携帯変えようかな。

投稿者 はるお : 00:45 | コメント (270)

2005年09月09日

なんと!

今日が中級コースのビジネスプランの提出日だった!やばい、何も書いていなかった。もう今も必死で書いています。今日中に終わるのか?特にキャッシュフローのイメージがわかない、こんなんでファイナンス分析と言えるんだろうか。もう眠くて頭が回らない~。

投稿者 はるお : 10:11 | コメント (145)

2005年09月07日

子供用の英語教材

Time を読むならTime for Kids を読むほうが面白い!きっとそれは僕の英語力がないからかもしれないけれども、子供用の英語教材は読んでいて飽きないし、疲れない。小学生向けのボキャブラリー増強本なんかもバカにできない。小学3年生が知らならければならない単語でさえ、僕たちは知らないのだ。TOEIC の単語帳とにらめっこしてもいいけど、断然こっちの方が楽しく語彙を増やすことができそう。もちろん洋書だから日本語の介在はまったくない。しかし、子供用の教材は、絵が豊富に使用されており、易しい言葉でとても分かりやすく説明されているのだ。僕は小学校から英語をやり直します。今の生活にはいい清涼剤だ。

投稿者 はるお : 03:41 | コメント (2005)

2005年09月06日

脳の性差

男の女の感情には違いがある、というのは昔ながらの心理学的な考えだ。たとえば、女性の方が変化に気付きやすいとか、顔の表情を読むのかうまいとかいう類のものである。実際に、男女で多くの被験者を集め、全体を平均して統計をかければ、男女差が有意に認められるかもしれない。しかし、これは、本当に性差なのだろうか。

今のfMRIなどの画像技術を用いた認知科学的な立場から言うと、性差より個人差の方が大きいようだ。男女の脳活動をそれぞれ平均してしまえば、もちろん有意な差は生まれるのだが、その差より、個人差の方が大きいことがあるということである。つまり、脳活動に性差があると言うのは本質的な表現ではなく、そのような性差を生み出す環境がどこかにあるかもしれないということだ。もしそれが、遺伝子上にあれば、生物学的な違いを証明することができるが、育った環境が脳活動の感度を左右している可能性がある。幼少の体験がその人の性格を作り出すことも一部あるはずなのだ。

まだ、感情のような主観を扱う科学は発展途上である。非侵襲的な測定方法も技術的には不十分だ。それなりの研究結果が報告されてはいるが、脳の活動と実際の感情を定量的に関連付けすることはできない。性差は、遺伝子にも、環境にも影響を受けるのは間違いないだろう。しかし、それを証明することは実は全くできていないのだ。

投稿者 はるお : 01:16 | コメント (1229)

2005年09月05日

なぜか

いま無性に英語が勉強したい。それより優先しなければいけない事柄があるのに、なぜか英語に対するモチベーションが高いのはなぜだろう。一種の現実逃避の表れかもしれない。本来なら楽しいことを優先順位の上位にしたいものだ、しかし、その欲望に流されると卒業が危うくなる。博論は英語で書くのだから、それで十分英語が楽しめると思うかもしれないが、とても楽しめるような内容ではない。英語を使った娯楽作品に没頭したいだけかもしれない。最近、我慢強さが無くなってしまったのか、いや、踏ん張らないといけない。

投稿者 はるお : 02:20 | コメント (172)

2005年09月04日

英語と日本語

僕たちが普段使っている日本語、これを英語に訳すには、かなりの無理が生じる。もともと英語圏の文化とほとんど交流を持たない日本国において、その言葉を直接対応させるなど不可能に近いのだ。もちろん、日英(英日)翻訳家の方が多く活躍しているわけだが、彼らがしている作業は、もっとも言いたいことが伝わる文脈を構築することである。この作業能力が翻訳家の力量そのものといっても過言ではない。筋が通り、流れるように意味が伝わる翻訳を築き上げられる人は本当に素晴らしいと思う。相当な努力を積んできたのだと尊敬できる。今後は、英語学習にできる限り日本語を介在させないように意識して取り組んでいこうと気付かされた。

投稿者 はるお : 07:38 | コメント (173)

2005年09月03日

消費構造

ただただ人間も消費活動に没頭していく。何が残るわけでもなく、その時々の欲求を解消するために、多くのものが消費されていく。mixiのサイトを閲覧してみてそう強く思う。何が情報の交換だ、何がSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)だ、人間の基礎にあるのはただの動物であることをまざまざと見せつけられる。人間の動物として面を否定するつもりはない、多くの生理的欲求を持ち、それを満足するために様々なアクションをとる。その中には、言語を用いて社会に影響を与えるものもあるだろう。それがコミュニケーションに発達することも納得はいく。しかし、そのネットワークの生産性がごく微少のように感じるのは僕の錯覚なのだろうか。これは本来のネットワークが持つ特性であるのだろうか。文化の生産性に速度感を感じないのは、文化の進化速度に慣れ過ぎてしまったのかもしれない。生物の進化に比べれば断然速いことを考えれば、自然界というのは本当は無駄だらけということになる。自然界はそのほとんどが消費構造をとっている証明のように思える。

投稿者 はるお : 03:39 | コメント (184)

2005年09月02日

mixi2

一度入会するのを躊躇ったmixiへの参加を決断。その理由の一つはビジネスネットワークを広げるためである。将来的に会社を興すにしてもしないにしても、インターネットを使ったマーケティングが必要不可欠であることは否定できないだろう。個人で社会と戦うならなおさら情報をうまく活用して生き残らなければならない。情報のつながりは結局のところ人とのコミュニケーションに帰着する、その土台作りを今からしておこうというふうに考えたのだ。もちろん、情報の取捨選択は全て自分自身に依存し、適切な処理を施していかないと、思わぬ罠にはまるだろう。そこは自分の中の基準とうまく照らし合わせて、慎重に進むしかない、それは自分を信じることでもある。何が間違いかはやってみないと分からないが、とにかく自分に自信が持てなくても自分に決断させる勇気を持たせ続けていかなくてはと思っている。

投稿者 はるお : 01:04 | コメント (176)

2005年09月01日

カトリーナ

アメリカのニューオーリンズを襲ったハリケーンが予想以上の被害を出している。ハリケーンが上陸してからCNNでは毎日のようにこのニュースを報道し続けているが、まさかアメリカの大都市があそこまで冠水するとは思わなかった。ニューオーリンズにはサンディエゴやワシントンDCに並んで巨大なコンベンションセンター(国際会議場)があり、北米神経科学会も3年に一度ここで開催されるのだ。現在の映像を見る限り、いまやコンベンションセンターの周りは助けを請う市民で埋め尽くされており、水位もまだ高い。とても先進国の画像とは思えない惨劇をメディアは連日報道している。自分たちが住んでいるところは大丈夫だと思っていたらとんでもないことになる。東京を大地震が襲うとき、僕たちが想像もできない悲劇が展開されるのではないか。常に最低限の備えはしておいた方がよい。

投稿者 はるお : 04:26 | コメント (171)